研究内容

物質をどんどん小さくしていくとやがて原子に分解することができます。ナノ寸法の物質は少数個の原子で構成されます。

伊藤研究室では、原子を光でコントロールすることによってナノ寸法の物質をつくることを目指しています。原子は電気的に中性で一般に磁気モーメントも小さいためイオンなどと違って電場や磁場を使って制御するのが困難です。数100 m/s以上もの速さでランダムに動き回る気体原子ではなおさらです。気体原子を制御する唯一の有効な方法はレーザー光を使うことです。量子力学によると原子はとびとびのエネルギー準位を持っていますが、そのうちの2つのエネルギー準位間の差に等しいエネルギーのフォトンのみを吸収することができます。フォトンのエネルギーは光の周波数に比例するため、レーザー光の周波数を原子に合わせてやると、原子と相互作用を起こします。このとき原子はレーザー光から強い力を受けます。これが共鳴力と呼ばれるものです。共鳴力をうまく使うと気体原子の運動を真空中で止めてしまうことができます。また、静止状態の気体原子を多数個集めてきて「冷えた原子群」を作り出す光トラップも考案されています。これらの技術はレーザー冷却法と呼ばれていてその開拓者は1997年度のノーベル物理学賞に輝いています。

しかしながら、このような技術はそのままナノ加工に用いることができません。なぜなら、光(伝搬光)はどんなに絞っても波長で決まるぼやけを伴うからです。これは回折限界と呼ばれていて半波長程度(可視光の場合300 nm程度)です。本研究室ではこの回折限界を克服するために近接場光を用いて気体原子の制御を行います。伝搬光とは違って近接場光は回折の影響を受けないため、ナノ領域に局在化させることができます。ナノの光の場を使うことによって個々の原子を操作することが可能になると期待されます。以下に最近の研究テーマを挙げます。

本研究室では、光システム、ナノテクノロジー、電子工学、マイクロマシン、材料、物理、化学、などの多岐にわたる研究を、充実した最先端設備のもとで行っています(研究設備のページをご覧ください)。各研究テーマは21世紀の社会が要求する光エレクトロニクス技術である、ナノ・フォトニクスとアトム・フォトニクスを実現しようとするものであり、独創的かつ先駆的な内容です。

原子誘導路

中心部分に小さな穴のあいた中空の光ファイバーにレーザー光を結合させると、中空部分 に近接場光が発生します。光の周波数を調整するとこの近接場光は原子に対して斥力を及ぼします。このとき中空ファイバーの中空部分はあたかも原子を反射して誘導していく光のトンネルになっています。原子誘導路を応用した原子堆積法の開発も行っています。

原子偏向器

物質の寸法に依存して局在する近接場光に、原子を入射させると、原子には共鳴相互作用が働き、運動方向が変化します。この現象を利用し、近接場光によって、原子の運動方向を制御する原子偏向器の試作を行っています。基板へのナノメートルオーダーでの原子堆積といった、従来の技術では成し得なかった小さな領域での微細加工技術の実現を目指します。

原子ファネル

原子が速く動いたり数密度が小さかったりすると、ナノ寸法の近接場光とうまく相互作用しません。そこで、運動エネルギーを抑えた(冷えた)高密度の原子群をつくることを行っています。具体的には、漏斗状の近接場光(ファネル)により原子を集めて冷却しかつビームに変換します。

原子検出器

近接場光によって高精度に位置制御された原子を検出するための高感度・高空間分解能原子検出器の開発を行っています。現在、下の図に示すような微小なスリット近傍に発生させた近接場光によって原子を捉えるシステムを作っています。

ken

スピンクラスター

クラスターとは原子が数個から数千個が集合した直径が10 nm以下の超微粒子のことです。クラスターサイズの増加と共に粒子径1 nm程度までその性質がサイズによって顕著に変化します。その中性質や構造が組成原子のスピンに依存するものがスピンクラスターと呼びます。スピンのコントロールによってクラスターの構造や性質を変化させることが可能となり、超高密度磁気記録、量子コンピューターへの応用が期待されています。我々はアルカリ金属スピンクラスターについて理論分析し、実際に生成可能な条件を見出し、現在生成実験に取り組んでいます。

Rb1 Rb2 Rb3 Rb4

密度汎関数法で計算されたRbクラスター構造及び最外殻Alpha電子密度空間分布

近接場光と原子の相互作用

近接場光と原子の相互作用については未解明な問題が幾つか残されています。急速に発展している理論と実験結果との比較・検討を行い、近接場光の微視的理解を目指します。特に、近接場光の非破壊測定に取り組みます。